2011年06月15日

東京電力 2011年3月期決算 監査法人による監査意見について 3






(前回からの続き)
前々回:http://money-learn.seesaa.net/article/205594435.html
前回:http://money-learn.seesaa.net/article/205594435.html

前回まででは、「そもそも監査法人による会計監査とは何なのか」「無限定適正意見とは何か」「震災を受けての監査意見の特例について」「監査報告書の追記情報とは何か」というようなお話をしました。
今回はその続きです。

平成23年3月期の東京電力の決算について監査法人より無限定適正意見が出され、「事業継続に重要な不確実性がある」「賠償額は合理的に算定出来ないためB/Sに未計上」である等の追記情報が付されました。
ここで、「賠償額は合理的に算定出来ないためB/Sに未計上」で良いのかという問題について、「無限定適正意見は正しくないのではないか」という異論が出ています。
代表的なものは、「株主オンブズマン」会員の公認会計士・松山治幸氏と元大手監査法人の公認会計士で現在ロンドン会計評論家 細野祐二氏のものです。
こちらについて下記ご紹介します。

Astand 法と経済のジャーナル Asahi Judiciary 2011/6/7
賠償ゼロ計上「資産超過」東電決算、監査法人「適正」意見の背景
http://astand.asahi.com/magazine/judiciary/articles/2011060400002.html?iref=chumoku
企業監視の市民団体「株主オンブズマン」会員の公認会計士・松山治幸氏は「東電が発表した決算は、東電の財務状況を正しく示しておらず、監査人は意見の表明を差し控えるべきだった」と主張し、日本公認会計士協会に見解を求める書面を送ったという記事。
松山治幸氏の主張(有料購読していないため、無料で購読可能な部分のみ引用):
「発生した事故による賠償額は合理的に見積もり、必要と判断される額を損失として計上するのが原則です。しかし、本件では合理的に見積もることが出来ないため計上されておりません。これは重要な未確定事項に該当します。重要な未確定事項が存在する場合には、監査意見の表明は不可能になります。意見不表明、意見差控に該当します。」
「東電がなにがしかの負担をしなければならないことは3月末にはだれの目にも明らかになっていたのだから、ゼロではなく、それ相応の金額を計上すべきだった」
「実際の東電の財務内容はだれにも分からない状況なのだから、監査法人も『分からん』と言えばいいのに、『適正』と言うとは、思い切ったことをやるものだなと思う」

現代ビジネス経済の死角 2011/5/23
在ロンドン会計評論家 細野祐二「東京電力「疑惑決算」に出される「不毛監査意見」会計のプロが警鐘」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/5660
細野祐二氏の主張(抜粋にて引用):
「追記があろうが適正意見であることには変わりはなく、適正意見が免責されるわけでもない。」
「私は、東京電力が資産超過とした財務諸表に適正意見を出すことはできないと思う。新日本監査法人は、負債についての見積もりが合理的にできないので、それは会計原則に準拠しており、しかも追記があるから現行会計基準では適正意見だと言うであろう。」
「しかし、そもそも監査意見は財務諸表全体の適正性についての意見表明なのであり、今回東京電力が計上する2兆円の株主資本と1兆円の利益剰余金についても、監査法人が適正とすることには変わりがない。東京電力の確定決算に対する監査意見表明なのであるから、ここで確定した利益剰余金について、6月末の株主総会で利益処分がなされていくのであり、これだけの利益剰余金があれば配当もできるし、役員賞与も支払える。」
「ここで、仮に、廃炉費用と損害賠償が合理的な見積もりができないとしても、その結果としての負債は巨額の引当不足で、その金額が財務諸表全体にとって重大な影響をもつことは確実である。したがって、理論的に考えれば、監査法人はその旨を監査意見に記載して意見差し控えを行うのが正しい。不適正意見ということもあり得るのであろうが、その場合には、不適正とされる項目の影響額を監査報告書に記載しなければならないので、見積もりの合理性の問題としている以上、それはできない。」
(ブログ筆者注)本記事は実績値公表前に出されたもので、東京電力の平成23年3月期は連結で純資産1兆6,024億円(利益剰余金4,940億円)、個別で純資産1兆2,648億円(利益剰余金1,491億円)となっています。
(ブログ筆者注)6月の株主総会で配当及び役員賞与の承認は議案がなく、実際に支払がされるものではありません。

東京電力側の主張として、開示資料の他に、記者会見での経営者の説明が報道されています。
先の引用した法と経済のジャーナルの記事より
記者会見の東京電力側の説明:
「賠償のルールというのが、まだ文部科学省の審査会で最終的に『ここまでの範囲で補償をしなさい』というスキームがまだ明確に示されていないわけです。ですから、私どもとしては、概算であれ何であれ、私どもに帰属する費用としては、1200億円を超える分も含めて、認識のしようがないということなんです。ですから、今、申し上げられるとすれば、最終的なスキームが制度に落とし込まれて、これは法律でもいいんですが、しっかりと担保された紛争審査会の基準も示される、そういう中で今ご指摘のような点は、1200億を超えた部分も含めて総額として、どういうふうに取り扱うのかは決める話」であり、平成23年3月期決算の「会計上の話」としては「認識できない」ということです。

要するに賠償支払いの範囲や方法のスキームが決まっていないため、どれだけ支払負担が発生するかが測定不能ですということです。

また、経営財務3016号(2011年5月23日)「TOPICS PLUS 「監査意見の不表明」とは?」という解説記事が論点についてまとまっていますので、内容をご紹介します。
経営財務の記事の内容サマリー(*一部補足及び加筆しています)
・自由民主党・河野太郎衆議院議員が2011/5/6付のブログ(タイトル「全ては監査法人次第か」)が,一部で波紋を呼んだ。東京電力について,「賠償金どころか廃炉費用もわからない状況で,決算を出せるのだろうか。当然に,決算はまず3ヶ月延期されるべきだろうし,その時点でも上場廃止はまぬがれないだろう」との持論が展開されている。
(*河野太郎氏のブログへのリンク「全ては監査法人次第か」⇒ http://www.taro.org/2011/05/post-997.php )
・東京電力については,原発事故に伴う賠償等の懸念から,「監査人から意見不表明を出されるのではないか」,「今後も上場を維持していけるのか」との声も聞かれる。
・意見不表明となる場合について
監査基準によれば,「監査人は,重要な監査手続が実施できなかったことにより,自己の意見を形成するに足る合理的な基礎を得られないときは,意見を表明してはならない」とされている。
@ 継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況に関して経営者が評価及び対応策を示さないとき
・例えば,「継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況に関して経営者が評価及び対応策を示さないとき」には,継続企業の前提に関する重要な不確実性が認められるか否かを確かめる十分かつ適切な監査証拠を入手できないことがある。この場合,監査人は,重要な監査手続を実施できなかった場合に準じて意見の表明の適否を判断しなければならない。
・近年では,パシフィックホールディングス(東証1部)の2008年11月期で,監査法人トーマツが意見を不表明にした。継続企業の前提に重要な疑義が存在していたが,優先株式の第三者割当増資が実現しておらず,「優先株式の発行及びこれを前提とした経営計画の実行可能性等」が不明で,意見表明のための合理的な基礎を得ることができなかったという。同社は,2009年4月に上場廃止となった。
(*特に新興市場等では、経営状況が危うくなり継続企業の前提に重要な疑義が存在している点の監査法人による意見表明が意見不表明となり上場廃止になる事例が年に数件程度あります)
A多額の偶発債務がある場合
・「監査基準の改訂について」(平成14年)では,「訴訟に代表されるような将来の帰結が予測し得ない事象や状況が生じ,しかも財務諸表に与える当該事象や状況の影響が複合的で多岐にわたる場合(それらが継続企業の前提にも関わるようなときもある)に,入手した監査証拠の範囲では意見の表明ができないとの判断を監査人が下すこともあり得ることを明記したが,基本的には,そのような判断は慎重になされるべき」との記述がある。
・ある会計士は,「このような場合、意見不表明はそもそも想定されていないとも読み取れる。偶発債務の注記が適切に開示されているときには、意見不表明ではなく、無限定適正意見を表明することが一般的」と指摘する。
・「損害額未確定」=「意見不表明」ではない。損害賠償等の金額が未確定であっても,無限定適正意見を付された事例もある。例えば,2005年4月に発生したJR福知山線脱線事故。JR西日本は,2006年3月期以降,引当金の計上を行わず,「今後も事故に伴う補償などの支出が見込まれますが、これらの費用については、現時点では金額等を合理的に見積もることは困難であります」と開示。監査人は,継続して無限定適正意見を表明している。

[ご参考]
「週刊経営財務」(出版:税務研究会)についてはこちら↓
http://www.zeiken.co.jp/mgzn/index_zaimu.htm

監査基準委員会報告書第 22号 継続企業の前提に関する監査人の検討(最終改正平成21年4月21日)
http://www.hp.jicpa.or.jp/specialized_field/pdf/2-24-22-2-20090421.pdf

監査基準の改訂につて(企業会計審議会 2002/1/25)
http://www.k3.dion.ne.jp/~afujico/kaikei/kansa/h140125.htm

*最新の監査基準はこちら
監査基準の改訂に関する意見書(企業会計審議会 2010/3/26)
http://www.fsa.go.jp/singi/singi_kigyou/tosin/20100329/01.pdf

ブログ「会計ニュース・コレクター(小石川経理研究所)」2011/6/10付「賠償ゼロ計上「資産超過」東電決算、監査法人「適正」意見の背景(朝日より)」では松山治幸氏の法と経済のジャーナルの記事に触れ、下記の所感を述べておられます。
「東電決算で、引当金の計上要件に当てはまらなかったから賠償金の引き当てを行わなかったというのは、形式的には会計基準に合致し、決算は適正だったといえるのかもしれませんが、財務諸表の利用者に企業の財政状態について誤解を与えないという意味で適正だったかどうかは、よくわかりません。
会計士協会の見解を知りたいところですが、個別案件に協会が意見を述べることはないと思われますので、多分何も出てこないでしょう。」

本ブログでの関連記事:
・東電の決算への雑感あれこれ(賠償引当・継続企業の前提注記・見通しなど) 2011/5/23
http://money-learn.seesaa.net/article/203163678.html
・東京電力決算まとめ(平成23年3月期) 2011/5/22
http://money-learn.seesaa.net/article/203122821.html

会社の決算とは決算日時点で明らかになっているものを織り込んで作成するものです。「会計上の見積り」については決算過程での最善の情報収集と判断が求められます。
しかし、「後になってみないと分からない」という問題があるからと、むやみやたらと「監査意見不表明」にしてしまうと、通常、監査法人により決算が無限定適正意見でない場合には上場廃止になりますので、株主含めた利害関係者もそんなことは望みませんし、資本市場や世間の混乱を招くことともなります。
だからこそ、「監査証拠の範囲では意見の表明ができないとの判断を監査人が下すこともあり得るが,基本的には,そのような判断は慎重になされるべき」とお達しが出ているのだろうという解釈が出来ます。
これについては監査のルールや監査法人の責任という点と合わせて、議論されるべき話もあるかもしれません。
もちろん、意図的に見積り金額を過大又は過少にしたり、努力すれば見積もりの測定が出来るものを「出来ません」というのは問題外です。
東京電力の場合、専門家でも意見の統一が必ずしもないような判定が難しい場面ではありました。ただ、今まで明らかになっている事項や報道等を見ている限りでは、複数の考え方はあるものの絶対に間違っているとまで言えるものではないと思われますので、実際に経営者や監査法人が責任を問われる等の問題として事態が表面化する可能性は高くはないものと思われます。





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2011年06月08日

東京電力 2011年3月期決算 監査法人による監査意見についての解説 2





(前回からの続き)
前回:http://money-learn.seesaa.net/article/205594435.html

前回記事では、「そもそも監査法人による会計監査とは何なのか」「無限定適正意見とは何か」「震災を受けての監査意見の特例について」というようなお話をしました。
今回はその続きです。

改めて、東京電力(9501)の適時開示です。
平成23年5月25日「平成23年3月期計算書類等に係る監査報告書受領に関するお知らせ」
https://www.release.tdnet.info/inbs/140120110525036738.pdf

監査報告書に「追記情報」の記載があるとされています。
(東京電力の追記情報の記載事項の要約)
1.継続企業の前提に関する重要な不確実性が認められる
2.賠償支払いの引当について、賠償額を合理的に見積ることができないことなどから、計上していない
3.原子力発電所の廃止コストについて、燃料取出しに係る費用も含め変動する可能性があるものの、現時点の合理的な見積りが可能な範囲における概算額を計上している
4.原子力発電所の解体費用の見積りについては、被災状況の全容の把握が困難であることから今後変動する可能性があるものの、現時点の合理的な見積りが可能な範囲における概算額を計上している
5.「資産除去債務に関する会計基準」及び「資産除去債務に関する会計基準の適用指針」を適用している




監査報告書に付される追記情報とは、監査人の意見とは別に、説明又は強調することが適当と判断した事項については、情報として追記するものとされています。
すなわち、会計監査人が、監査証明を付ける財務情報(決算書)について、財務情報の利用者に対して特別に「この点は気を付けてね」と留意を促している事項ということです。
会計監査制度は、あくまで決算書を作るのは会社、会計監査人は決算書の作成には関与するものではなく、決算書を信頼して大丈夫か(適正性)ついて意見を述べるものというのが大前提の建前となっています。財務諸表の作成責任は会社にあり、監査する責任は監査人にあり責任分担が別途であるという二重責任の原則と呼ばれます。
東電の場合、まず、財務諸表及び継続企業の疑義の注記や賠償支払いの引当について賠償額を合理的に見積ることができないことなどから計上していない等の点について決めたのは東電の経営者であり、会計監査人はその内容について全体として信頼して大丈夫だよと意見を述べ(無限定適正意見を表明)、ただ継続企業の疑義の注記や賠償支払いの引当について賠償額を合理的に見積ることができないことなどから計上していない等の点については注意が必要ですと注意を促している(追記情報)ということになります。
現実的には、監査報告書に「無限定適正意見」が付かないことは震災の特例を除き通常の場合には上場廃止になってしまう一大事ですから、決算書の作成過程では決算の方針等について、東電の経営者と会計監査人の新日本有限責任監査法人の会計士と十分な打ち合わせや擦り合わせを行っているのでしょうが、決算の方針を一義的に決めるのは会社の経営者ということです。
一般の報道等で、いかにも会計監査人である監査法人が決算の方針を決めているかのような記載がされていることがありますが、監査法人は「そんな決算の作り方では無限定適正意見にならないよ」と会社を「指導」する立場ではありますが、厳密には正確ではありません。
具体的にどのようなものを追記情報とするかは、日本公認会計士協会による実務指針(監査報告書作成に関する実務指針)や監査基準に定められ、それに則って記載がされます。1継続企業の前提や5会計方針の変更で影響のあるものは常に重要なためルールに基づき追記情報となり、賠償等の特に影響が大きい2〜4の項目は新日本有限責任監査法人が重要な事項として注意喚起を行っているものと言えます。
(参考)
監査基準の改訂に関する意見書及び監査基準(平成22年3月26日 企業会計審議会)
http://www.fsa.go.jp/singi/singi_kigyou/tosin/20100329/01.pdf





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