2016年07月12日

マイナス金利にも負けない究極の分散投資術 朝倉智也/著【書評レビュー・感想】

先日のインデックス投資ナイトでもご登壇いただきました、投信評価会社のモーニングスター社長の朝倉智也さんの新刊です。私は、モーニングスター主催のETFカンファレンスなどにも参加しており、朝倉智也社長の講演等を聞いていますし、今までの著書も数冊拝読しております。
朝倉智也社長は、ポイントを個人投資家に対して分かりやすく押さえソツなくバランスの取れた講演内容及び情報発信をされております。
また、投信評価会社の社長という立場上、インデックスファンドよりアクティブファンドの方が明らかにビジネス上の営業先としては大事だと思うのですが、アクティブファンドを全面に打ち出す商売上の都合を押さえて(いるのかどうかは分かりませんが)、客観的にコストの話やインデックスファンドやETFの優位性等も説かれておられます。
(参考)2014/12/23 モーニングスターETFカンファレンス2014に行ってきました。2015年の投資スタンスは「用心深く、楽観的に」(朝倉智也社長)で
*モーニングスターETFカンファレンス2015は参加したのですが記事化し損ねました。。。

そんなモーニングスター社長の朝倉智也さんの最新刊ということで、「マイナス金利にも負けない究極の分散投資術」を読みました。
昨今の経済情勢を踏まえた資産運用環境の解説や、具体的な資産運用の方針についての考え方、具体的なポートフォリオやそのための投資商品(投資信託やETF)の例までがまとまっています。タイトルの通り、マイナス金利の件も触れていますがマイナス金利だからどうというわけでもなく普遍的な内容です。
長期志向での資産運用法が主眼です。
資産運用をしたことがないド初心者には少し難しいかもしれませんが、自身でポートフォリオを作りながら資産運用法が確立されていなかったり試行錯誤の状態という個人投資家の方には有益であるかと思います。
偏った見解も毒もないため、ある程度の経験を積んでいて熟練した個人投資家には、とり立てて目新しい内容はないかなというところです。

マイナス金利にも負けない究極の分散投資術
朝倉智也
朝日新聞出版
売り上げランキング: 13,017

初版発行日 2016年6月30日
全213ページ ・ソフトカバー

本書の第1章・第2章では、2016年6月末時点の経済情勢や日本の資産運用環境の解説、第3章では大きく変わり資産運用の「常識」として10のテーマについて解説され、第4章では「究極の分散投資」として具体的なポートフォリオの運用法についての紹介がされています。

タイトルの「マイナス金利」という環境について、本書では、マイナス金利の導入により環境が激変したものではなく、実質金利(10年国債利回りから消費者物価指数を引いたもの)はマイナス金利の導入前から日本ではマイナスの状態が続いていたので、もともと預貯金ではお金の価値は目減りしている状態だったが、それに拍車をかけるのがマイナス金利政策の影響であるとしています。「資産を増やす」よりも「守る」ことの重要性、運用商品のコストを下げる必要性、マーケットの変動に耐えうるようより多くの資産クラスへの分散投資の必要性が説かれています。マイナス金利だからということに限った話ではありませんが。

個人的に関心が向いたところは、p36-38で言及されている日銀金融緩和の行方です。「黒田総裁が出口について言及した瞬間にマーケットが崩れるだろうと容易に想像できる」とし、「先のことは明言できませんが、少なくとも日本が大きな火種を抱えていることだけは間違いない」と述べています。量的緩和縮小の衝撃が何を引き起こすか、何も引き起こさないか、確かなことは言えないが、そう遠くないうちに何らかのイベント(201?年に「異次元の量的緩和の縮小による衝撃」)が起きる可能性に触れています。
とはいえ上述以上に深堀はなく、さらっとしか述べられていませんが、私として現在最も注視しているテーマと同様の問題意識を持っていることを感じました。

第3章の大きく変わり資産運用の「常識」として挙げられている10のテーマは簡単に整理しておきましょう。
詳しい内容については本書をご覧になるとよろしいかと思います。

1.相場を読んではいけない →相場を読んで大きく儲けるというのは多くの場合、オーバーコンフィデンスであり、相場を読んで当てに行く投資はなかなかうまくいかないだけでなく、往々にしてババを掴むことに。資産クラス別の過去のパフォーマンスを見ても毎年上位は入れ替わり次に何が来るかは誰にも分からない。

2.「為替相場のプロ」を信じてはいけない →為替を正しく予測するのは不可能。資産分散の中で通過の分散も考えることが大事。

3.「いつ買っていつ売るか」を気にしてはいけない →売買のタイミングを図ることは難しい。心穏やかに長期で資産形成を目指す運用を目指すのであれば、損失をできるだけ抑えることを重視すべき。

4.株式と債券だけでは分散は不十分 →超低金利下では金利の低下に限度があるので、株価が大きく下げても債券価格はあまり上がらず、分散効果は小さくなる。

5.国内株と海外株の連動性が高まっている →市場間・資産間で価格連動性が高まり、分散効果が出にくくなっている。

6.非グローバル企業の中小型株を →より分散が図れる銘柄やセクターを検討し、組み入れていくことが必要。非グローバル企業は世界の株式市場の動向から影響を受けにくい。

7.長期的に見ればやはり新興国は外せない →新興国の経済成長率予測は、先進国より高い成長率が維持される見通しである。足元では新興国市場の低迷が続いているが、長期的には投資先として外せない市場だと考えるべき。

8.国債だけでなく投資適格社債、ハイ・イールド社債 →先進国で金利が軒並み低下している。債券投資では、国債より高い利回りが狙える投資適格社債、ハイ・イールド社債なども組み入れていくべき。

9.マイナス金利時代こそ金(ゴールド) →金は、そのものが価値をもつ「現物資産(リアルアセット)」であり「カントリーリスクのない通過」という特徴がある。株式や債券との価格連動性も低い傾向にあり、インフレヘッジにもなる。利息や配当がつかない、保管や持ち運びリスクというデメリットがある。ポートフォリオの一部へ組み入れることを前向きに検討すべきでは。

10.国内株よりも海外株の比率を高める →日本と米国の産業構造や技術革新について俯瞰してみると、長期的な運用で資産を育てていこうと考えるならば、やはり国内株式よりも米国を中心とした海外株式をポートフォリオに多く組み込むべき。


第4章の「究極の分散投資術」では、具体的なポートフォリオの運用法についての紹介がされています。
ここで少し意外感があったのは「3つの資産カテゴリー」でのポートフォリオ構築を勧めていることです。
3つのカテゴリーとは、@長期的に資産を育てる「成長資産」、A安定したインカムを得る「インカム資産」、Bインフレに備える「インフレヘッジ資産」です。

私が「意外感があった」のはお金のデザインが提唱する概念を取り入れていたからです。
(参考)2014/12/21 (株)お金のデザインの新サービス「ETFラップ」の説明会に行ってきました。

3つのカテゴリーって、どうなんでしょう。資産クラスをより目的に即して機能別にくくるということなのでしょうが、成長=株式、インカム=債券・不動産、インフレヘッジ=金・通貨分散、ということであると解釈できるので、新しさがあるようにも個人的には思えないのですが。。。

長期で資産を形成することを重視して提案したいのは、
成長資産 70%
インカム資産 20%
インフレヘッジ資産 10%
のポートフォリオとのこと。
そして、コストの差はそのまま運用成績の差になり、運用期間が長期になるほどその影響は大きくなるので、長期的に資産形成を目指すには徹底的に運用コストにこだわるべき、インデックスファンドを中心として投資信託やETFの活用が提案されています。

具体的な海外ETFでの商品例は以下の通り。
成長資産 バンガード・トータル・ストック・マーケット(VT)
インカム資産 バンガード・米国トータル債券市場(BND)
       バンガード・トータル・インターナショナル債券(米ドルヘッジあり)(BNDX)
       バンガード・米ドル建て新興国政府債券(VWOB)
       SPDR バークレイズ・ハイ・イールド債券(JNK)
インフレヘッジ資産 iシェアーズ ゴールド・トラスト(IAU)

また、「コア(中核)・サテライト(非中核)」の考えに従い、より高いリスクを取ってより高いリターンを目指すサテライトに下記の商品が紹介されています。
・バンガード・スモールキャップ(VB)信託報酬0.08% 米国の小型株で、業種分散に加え、運用スタイルも割安株、成長株の双方に投資している
・バンガード・FTSE・オールワールド(除く米国)スモールキャップ(VSS)信託報酬0.17% 米国除く先進国・新興国47ヵ国の小型株を対象。
・iシェアーズ MSCI フロンティア 100(FM)信託報酬0.79% 新興国マーケットの次に成長が期待されるフロンティア市場の約20ヵ国(クウェート、モロッコ、ケニア、オマーン、バングラデシュ、パキスタン、カザフスタンなど)を対象。フロンティア市場は海外ETFでなければ投資が難しいことを考えると信託報酬0.79%は極めて低いと言っていいでしょう、とのこと。
・iシェアーズ 米国物価連動国債(TIP)信託報酬0.20% インフレ時に価格が上昇しインフレヘッジとなる債券。年限が1年から20年までの債券に資金を均等な割合で配分し、年限の分散化を図っている、
・ヴァンエック ベクトル新興国市場現地通貨建債券(EMLC)信託報酬0.47% 新興国政府(ポーランド、マレーシア、メキシコ、ブラジル、南アフリカ、タイなど)が発行する現地通貨建ての債券で構成

*これらの海外ETFは全てモーニングスターのウェブの海外ETF検索(ホーム >ETF >海外ETF検索)から詳細を確認できます。


他、投資信託(インデックスファンド・アクティブファンドも含む)でのポートフォリオも紹介されています。
モーニングスターのサイトを活用しながら投資信託を探す方法や、ETF同様のポートフォリオ例が挙げられています。

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2016年03月21日

【書評】株式ディーラーのぶっちゃけ話 (著)高野譲

「株式ディーラーのぶっちゃけ話」(高野譲さん著)を読んだ。
中小証券会社で自己勘定売買をしているディーラー(トレーダー)による、証券会社ディーラーの内幕を綴った本で、文庫本でさらっと読めて、生々しい内容が多く面白かった。
ここでのディーラーとは、要は、証券会社のお金を好きなようにほぼデイトレのように売買し、成功報酬で仕事をする人たち(プロップトレーダーなどとも呼ばれる)。当然、成果を出せなければ続けられない。実際、証券会社ディーラーとデイトレーダーの行き来もあるようだ。
証券会社ディーラーになろうと思っている人が職に就く前に読むのが一番役に立つだろう。
僕のようにデイトレとは無縁の長期投資家には関係ないし、自分の投資行動に役に立つわけでもないし投資アイデアに結びつくような内容はないが、日々のマーケットはどういうプレーヤーがどういうことを考えて投資行動をしているかというのは参考になるし、マーケット好きとしては楽しめた。

株式ディーラーのぶっちゃけ話
高野 譲
彩図社 (2016-02-12)
売り上げランキング: 322

初版発行日 2016年3月7日
全190ページ・文庫本

著者の高野譲さんは、個人投資家を経て、茅場町にある中小証券会社の自己売買部に属する証券ディーラー。キャリアは8年で、既に同時期に入った7人は全員クビ、前後3年に入社した者でも生き残っているのは2人だけだそうだ。

○給与体系・待遇
給与体系は独特な成果主義。基本給+歩合給であるが、トップディーラーの年収は4億円にもなるそうだ。外資系投資銀行のプロップトレーダーのような報酬が、日本の中小証券会社でもあり得るようだ。
ただ、皆が皆、稼げるわけではないし、多くは成績を残せず消えていく。著者の高野さんは年棒が400万から3000万という振れ幅。首はつながるが、表彰されるほどでもない成績のようだ。
雇用形態としては、下記のような形態がある(p83-)。
・正社員ディーラー    基本給20万〜40万 歩合給25%〜35%
・契約社員ディーラー   基本給15万〜60万 歩合給30%〜40%
・コミッションディーラー 基本給なし 歩合給40%〜60%

契約社員ディーラーは、正社員ディーラーより歩合が5%高いが、成績がダメなら3ヶ月でクビ。
正社員ディーラーは、クビにはらならないがダメなら部署異動になる。そうすると、ほとんどの人は辞めるそうだ。
コミッションディーラーは完全歩合のフルコミッション。腕に自信があれば1番稼げる形態。

著者は、「税金について詳しくないが」と書いているが、正社員ディーラー、契約社員ディーラーは従業員で給与所得、コミッションディーラーは個人事業主で事業所得になるということで間違いないだろう。
*事業所得になると事業に関連する支出を経費にして確定申告することになる。

個人投資家よりもディーラーが優れている環境は「資金力」「損の負担なし」「世間体」であると著者は分析している(p186)。子どもの教育、ローン審査、賃貸契約など信用力のある場面で「世間体」は大事で、ディーラーを続ける理由で最も多い要素かもしれないそうだ。僕は、「損の負担なし」で勝負できるのが良いんじゃないかと思ったけれど、確かに生活を考えると、そうかもしれない。

○取引規制
個人投資家よりも面倒な取引規制もあるようだ。これは証券会社が金融商品取引法の相場操縦等で刺されないための独自ルールが定められている。会社によってルールは異なるらしい。
例として、下記が挙げられている(p72-74)。
・買いと決済の注文を同時に出せない(買い注文が残っているのに、約定した分が株価が上がったからと言って売れない。売るには未約定の買い注文を取り消してからでないといけない)
・新高値の売買禁止(ディーラーは、その日の新高値を付ける買いが出来ない。相場操縦目的の株価の吊り上げ防止策らしい)

○アローヘッドとアルゴリズムトレーディング、呼び値の適正化
アローヘッドについてのくだりは興味深かった。
今や、東証の売買は出来高の6割がアルゴリズムによる取引で、要は機械による売買で出来ている。それに契機になったのが東証が2010年に導入した売買システムの「アローヘッド」で、約定処理がこれまで約3〜4秒かかっていた約定が、0..04ミリ秒以下になり、人間の目には追えなくなった。
僕は、日経新聞なんかで、「アローヘッドで証券ディーラーが消える」みたいな記事を読んでもピンと来なかったが、実際にその影響は大きいようだ。
例えば、日経平均が○%上がったらA銘柄が○%上がる、というような連動のプログラムが組まれていると、出した注文を一瞬でアルゴリズムが持っていき、板には何も残らず株価も動かない。「影を潜めた見えない存在に恐怖を覚える」(p113)そうだ。
そのため、流動性が低くアルゴリズムが入ってこない新興市場でトレードするディーラーが増えるらしい。東証1部の銘柄では、「銘柄間の価格差が固定されて、遊び(ボラティリティ)がなくなってしまった」(p114)ということが起きたらしい。

呼び値を細分化していったことも影響が大きく、今まで値幅が10円単位のものが1円単位になると、1つの株価での板が薄くなり、抜きずらくなったそうだ。要は、3000円の株価で10円単位なら、3万株買って3000円の次の株価である3010円で売れば30万の利益になるが、値幅が細かくなり1度に上げられる利益が少なくなるといった具合だ。

他に面白かったのが、取引ツールをゴールドマン・サックスから営業されたという逸話がある。著者は、「そんな有効なツールを提供するなんてウラがあるもではないか」と疑ったそうだ。結局、導入にはならなかったそうだ。
・アイスバーグ →1つの注文を分割して行うアルゴリズム(10枚の発注をするところ、アイスバーグで指定すると10回に分けて1枚ずつ自動で発注される)
・ステルス →隠れて発注(「ステルス買い」)するアルゴリズム(発注は待機状態になり、誰かの売りが出たときに瞬時に買いに行く。要は、気配が板に出ない)


デイトレは僕のような一般投資家には遠い世界ではあるけれど、日々の流動性はこうやって提供されているのか、ということと、その裏にある人間ドラマを知ることは面白い。

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2012/9/19 外資系金融の終わり―年収5000万円トレーダーの悩ましき日々(藤沢数希/著)読後の感想

株式ディーラーのぶっちゃけ話
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