2015年08月01日

[感想・書評]エンダウメント投資戦略 山内英貴/著 ハーバードやイェールが実践する最強の資産運用法

エンダウメントというのは聞きなれない言葉ですが、「財団」という意味です。
米国エンダウメントの運用戦略、リキッド・オルタナティブ(個人投資家向けの日次解約可能なヘッジファンド)をポートフォリオに組み入れる有効性、ヘッジファンドの絶対リターンを目指す運用の目指すところ、和製ヘッジファンドのGCIアセット・マネジメントの運用戦略の一端、ヘッジファンド運用会社の著者だからこその資産運用会社と投資家の利益相反をいかに排除していくべきかという視点など、他書にない目新しさが数多くあり非常に興味深く読了しました。

エンダウメント投資戦略
山内 英貴
東洋経済新報社
売り上げランキング: 4,347

初版発行日 2015年7月23日
全255ページ ・ソフトカバー

・高い資産運用パフォーマンスを誇るエンダウメント(大学財団)
ハーバードやイェールといった大学の基金(大学財団)は、莫大な寄附金を運営し、高い資産運用パフォーマンスでもって、大学運営資金に役立てています。これがアメリカの高度な教育産業を支えています。資産運用先進国であるアメリカの中でも最も先進性と積極性をもち、ハーバードやイェールは特に長期運用で高いパフォーマンスを上げていることで知られています。
イェールのエンダウメントの資産規模は2014年末で239億ドル(1ドル120円換算で2兆8700億円)にも上り、1994年からの20年間での年平均リターンは13.9%。過去15年のイェールのエンダウメントの累積リターンはアメリカ株式指数のS&P500の5倍以上、ハーバードのエンダウメントの同期間の累積リターンS&P500の3倍以上というパフォーマンスです(p16-17)。
年金や保険といったいわゆる機関投資家は、年金受給者、保険支払いといった債務の契約期間に応じた運用をする必要がありますが(ALM=Asset Liability Management)、エンダウメントは寄付によって集めた返済の義務のない性格の資金なので、短期間の成績にじたばたせず、何10年といった長期間の運用を続けていくことを前提に、運用戦略を洗練させています。
「返済の義務のない」という点は個人投資家も同じであり、個人投資家にエンダウメントに学んだ資産運用法を提言するのが本書の趣旨です。

個人投資家向けということで、相関の低いアセットを組み合わせてポートフォリオのリスク低減を図ることがポートフォリオのリスク分散効果である、ということの意味が分かるくらい資産運用になじみがあれば、平易に書かれていてすっと分かる内容であると思います。後半のオプション効果を複製する運用戦略や日本国債の下落リスクヘッジ戦略の部分は面白いアイデアで1番読みがいのある箇所ですが、ここの箇所は少し難解かもしれません。分からなければ読み飛ばしても問題ないでしょう。

・著者・山内英貴氏が代表を務めるGCIアセット・マネジメント
著者の山内英貴氏は、ヘッジファンド運用に特化した資産運用会社のGCIアセット・マネジメントの代表取締役CEOです。
GCIアセット・マネジメント: http://www.gci.jp/index2.html
主に年金等の機関投資家の資金を預かって運用するヘッジファンド運用会社で、一部の戦略の触りの解説は本書にもありますが、運用戦略は、日本ハイブリッド戦略、グローバルマルチ戦略、日本レーツ(金利)戦略、JGBテールリスクヘッジ戦略、ダウンサイドプロテクション、システマティックマクロ戦略、マルチマネジャー戦略など多彩で、いわゆる分かりやすい株式ロング・ショート等ではない一般人には理解が難しい部類の運用戦略のヘッジファンドを運用していることがホームページから分かります。

プロ向けのみの運用ということもあり、あまり一般メディアにも出て来ませんが、2012年1月の日経ヴェリタスの記事では、チーフポートフォリオマネジャーの中川成久氏が登場し、「マルチストラテジー」に分類される運用手法で、様々な資産を対象に、ファンダメンタルズ分析やクオンツ(定量分析)を組み合わせて、その時々で最も割安な資産を選び出して投資していることが紹介されています。

本書を読むとすぐに「なぜヘッジファンド会社の代表が個人投資家向けに本書を出すのか?そもそも資金力が膨大な基金だからこそ優良なヘッジファンドにアクセスできるもので個人には縁が遠いじゃないか。個人向けにヘッジファンド戦略の投信でも投入する予定で、マーケティング目的があるのか?」という新商品への期待感(?)が芽生えましたが、その通りのようで、「当社も公募投信の準備を開始した」(p50)、「本書でみなさんにエンダウメント投資戦略のすばらしさをご紹介した私としては、絵に描いた餅を現実とすべく、その選択肢をGCIで実現するつもりです」(p234)とリキッドオルタナティブ投信の投入を宣言がされています。
本書では、運用会社の選択には、@パフォーマンスに対する明確なコミットメントがある、A経営者と運用者の顔が見える、Bコストが適正であること、C投資家の運用会社の利益相反がないことが重要と説かれています。
具体的にどういう運用戦略の商品が開発・投入されるのか(本書で解説のあるマルチストラテジー?)、どういうコストでどういう「パフォーマンスに対する明確なコミットメント」をしてくるのか、楽しみです。

また、逆に、本書はマーケティング目的もあるので、リキッドオルタナティブ運用(ヘッジファンド運用)についてネガティブ面の記載が少なく、ある程度割り引いて読む必要はあります。例えば、2014年には米国最大の公的年金基金、カリフォルニア州職員年金基金(カルパース)がヘッジファンドへの投資を停止していることが知られていますが、そのあたりの背景の解説などはして欲しかったなと感じました。
(参考)Bloomberg(2014/09/16) カルパース:ヘッジファンドへの投資引き揚げ−コスト理由に
http://www.bloomberg.co.jp/news/123-NBYQ2G6JIJUO01.html

・エンダウメント投資とは
本書で紹介されているエンダウメント投資の特徴です。
@ 長期で投資する
A 分散投資を徹底する(予想されるリスクに対してリターンを最大化する)
B オルタナティブ投資を積極的に活用する
C 外部の運用会社に任せて(資産クラスごとに優秀な運用会社を起用して、運用自体は外部委託してしまう)、ポートフォリオの資産配分に注意する
D よい運用会社を選び、できるだけ長く保有して、あまり頻繁な売買はしない

特徴的なのはBでしょう。
実際、ハーバードやイェールの配分ターゲットはかなり特徴的です。
・ハーバードの配分ターゲット(2015年) p32
国内株式  11.0%
外国株式  11.0%
新興国株式 11.0%
プライベート・エクイティ 18.0%
商品    0.0%
天然資源 11.0%
不動産  12.0%
絶対リターン 16.0%
債券   10.0%
現金    0.0%
*なお、ウォール・ストリート・ジャーナルの下記記事(2014/2/11)も合わせて読むと興味深いです。本書とは逆行しますが、「われわれにはかなり長期的な投資期間があるので、ポートフォリオの資産の多くで機動的になったり、流動性を低下させたりできる。個人投資家はハーバードのように複雑な投資をしようとすべきではない」という発言には目を引きました。
・ハーバード基金で学んだ教訓―ハーバード・マネジメントCEOに聞く
http://jp.wsj.com/articles/SB10001424052702303374704579374264180327086

・イェールの配分ターゲット(2015年) p30
国内株式  6.0%
外国株式 13.0%
債券    5.0%
絶対リターン(ヘッジファンド) 20.0%
プライベート・エクイティ 31.0%
実物資産 25.0%
現金    0.0%
イェール大学の基金運用局で、20年間平均、年率16.1%という驚異的な運用成績を達成したファンドマネジャーのデイビッド・スウェンセン氏の「イェール大学CFOに学ぶ投資哲学」(2006年)は、少々量がヘビーで私も完読できていませんが、間違いなく名著です。
イェール大学CFOに学ぶ投資哲学
デイビッド・スウェンセン 瑞穂 のりこ
日経BP社
売り上げランキング: 172,284



・本書で推奨されるポートフォリオ
ハーバードやイェールとも、非常に特徴的で、個人投資家には参考にはなっても投資対象へのアクセスは真似できるものではないし、資産クラスごとに優秀な運用会社を起用するというのも簡単ではありません。
流動性のない資産クラスも多い本物のエンダウメント投資手法からは少々飛躍があるようにも見えますが(リキッド・オルタナティブ投信の個人投資家向けのマーケティングと思って素直に受け入れましょう)、結論としては、個人投資家には、既存のアセットクラスのETFにリキッド・オルタナティブ投信を入れることが本書では提案されています。
ETFを採用する理由は、「コストが低いことと、各資産そのものが持つリターンの源泉をとりにいくことが目的で、そこには、あえて高いコストを払ってアクティブ運用の要素を混入する必要がないから」と説明されています(p219)。

本書では、一例として、下記のモデルポートフォリオが示されています(p170-)
(伝統資産)
日本株(日経225 ETF) 10%
世界株(S&P500 ETF) 30%
債券(USbond ETF)  20%
(オルタナティブ資産)
日本不動産(J-REIT)   5%
米国不動産(US-REIT)   5%
(オルタナティブ手法)
リキッド・オルタナティブ投信 30%

本書の分析によると、リキッド・オルタナティブ投信としてHFRIインデックス(ヘッジファンドリサーチの算出する指数)というヘッジファンドの一般的な指数を入れるエンダウメント型でのシュミレーションは、積極運用型(株式70%、債券30%)と比べて、年率リターンは積極運用型に近いがリスク(標準偏差)は9.83%→8.68%・シャープレシオは0.67→0.75に改善されます。
さらに、オルタナティブ戦略のところに、GCIエンダウメント戦略(成長型と安定型があるようです)を入れると、リターンは改善・リスクは低下し、シャープレシオは成長型1.13、安定型1.48となり、さらにドローダウン(最大損失)もかなり改善されると分析されています。(p224)

ここで1点、素朴な疑問が生じました。
トップ級のヘッジファンドマネージャーの運用する優れた絶対パフォーマンスが出るリキッド・オルタナティブ投信があるならば、なぜ、他の株式等の資産クラスと組み合わせる必要があるのか?素人考えでは、あらゆる運用戦略は資産規模が大きくなると収益機会が減少しパフォーマンスが落ちていくことが想定されますが、仮に絶対パフォーマンスが将来にわたって有効と信じられるなら、個人投資家レベルの資金量なら全資産を投入してもいいのではないか、と。
株式のパフォーマンスにオプション効果を付加する戦略が組み合わさっているからポートフォリオ全体のパフォーマンス向上に寄与するポートフォリオ設計なのでしょうか。肝心の「GCIエンダウメント戦略」の説明がないので、そのあたりは完全に読み解けませんでした。

プロのヘッジファンドは最低投資単位が1000万円とか1億円とかで、機関投資家や富裕層のみが接することの出来る世界でしたが、新たなアセットクラスの投資機会が一般個人にも開かれるのは意義深いと思います。商品化を楽しみに待っています。

最後におまけですが、「一部の評論家は、日本の財政破たんで起こるのは債券・株式・円のトリプル安だから外貨に逃げなさいといっていますが、私はそれも疑ってかかるべきだと思います。純債権国で低金利通貨である日本の場合は、逆に超円高になってしまう可能性もあると思います。新興国などの経済破たんによる資本逃避の場合、「持つ者」は外の伝統資産に逃げても外貨高で助かるのですが、日本やスイスのような国の場合はその法則が通じるか怪しいのです」(p213)の箇所は、なるほど、言われてみれば確かにそうかもと思いました。

(追記)
その後、GCIアセット・マネジメントより、「GCIエンダウメントファンド」(以下、同ファンド)の成長型と安定型の2コースを9月25日に新規に設定すると発表されています。
特徴としては、(1)長期投資(2)徹底した分散投資(3)オルタナティブ投資の積極活用(4)外部運用会社の活用が挙げられ、同ファンドでは同様の運用手法・スタイルで運用を行う。基本資産配分は、両コースともにオルタナティブ戦略への投資比率を3割としており、残りの7割を国内外の株式、債券、REIT(不動産投資信託)にコースごとに異なる比率で分散投資を行うバランスファンドとなっています。
・交付目論見書
https://www.rakuten-sec.co.jp/web/special/fund_gci/pdf/fund_gci.pdf
・楽天証券での特設ページ
ファンドアナリストが解説!長期の資産形成を可能にする「エンダウメント戦略」とは?
https://www.rakuten-sec.co.jp/web/special/fund_gci/

(追記2)
GCIアセット・マネジメントにエンダウメントファンドに関する投資ブロガー向け説明会・懇親会を開催いただきました。
2015/12/5 GCIアセット・マネジメント「第1回 投資ブロガーの会」

【関連記事】
・2014/12/21 (株)お金のデザインの新サービス「ETFラップ」の説明会に行ってきました。
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・2013/3/17 [感想と書評]日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル 橘玲/著
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・2015/1/3【謹賀新年】2014年末のポートフォリオ・保有銘柄・パフォーマンスなど
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