本書「日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル」は、日本が国家破産、あるいは、債務危機に直面するかどうかについてではなく、日本に居住を構える日本の生活者として、「もしも」、日本が国家破産、あるいは、債務危機に直面した場合に、どのような金融商品を活用してどうやって金融資産を守る対処をして自分の資産を守ればいいのかということに対しての橘玲さんによる処方箋です。
対象読者としては、金融のことにそんなに詳しい訳ではない普通に生活している日本人と想定しているのかとお見受けしました。まったく金融のことを知らない人には簡単ではない内容も入っているかもしれませんが、説明は初歩的なところから丁寧にされています。
投資の初級者の方は本文を、中級者以上の方はコラムを読むのが良いのかと思います。
私としてはコラムのいくつかの箇所が面白かったです。特に、十分に知らなかった国債ベアファンドの商品特性の説明と、米国で日本国債ベアETF(レバレッジ2倍のJGBS、レバレッジ3倍のJGBD)が上場していることは知らなかったので、非常に参考になりました。
第1章の「高金利・円安・高インフレ」が到来した後の日本の姿の近未来小説は読み物として大変読み応えがありました。投資アイデアも含めて全て近未来小説風の一冊になっていても面白かったかもしれません。
初版発行日 2013年3月14日
全220ページ ・ソフトカバー・ダイヤモンド社
2013年初頭はアベノミクス効果でマーケットは沸いていますが、アベノミクスのその後のシナリオを橘玲さんは下記のように分析されています。
@楽観シナリオアベノミクスが成功して高度経済成長がふたたび始まる
A悲観シナリオ金融緩和は効果がなく、円高によるデフレ不況がこれからも続く
B破滅シナリオ国債の暴落(金利の急騰)と高インフレで財政は破綻し、大規模な金融危機が起きて日本経済は大混乱に陥る
仮にBの「破滅シナリオ」が現実のものになったとする場合、ある日朝起きたら日本が世界が変わっていたということはなく、「高金利・円安・高インフレ」が次のようなプロセスで進行するでしょうというシナリオが描かれています。
第1ステージ国債価格が下落して金利が上昇する
第2ステージ円安とインフレが進行し、国家債務の膨張が止まらなくなる
最終ステージ(国家破産)日本政府が国債のデフォルトを宣告し、IMFの管理下に入る
日本の財政危機という切り口で、金融商品は多岐にわたって紹介がされています。
ローンは変動ではなく固定にすべき、外貨預金、国債ベアファンド、日本国債ベアETF、物価連動国債、FX、日経平均先物・オプション、株の信用売り、という様々な投資アイデアが提供されています。
また、橘玲さんによると、不動産の値上がりは@不動産賃料が上がり、A不動産価格は下がるということです。金投資はお勧めされていません。
興味深い点は、@楽観シナリオA悲観シナリオの全期間とB破滅シナリオ第1ステージは「普通預金が最強」とのことです。私は個人的には同じように「普通預金が最強」とまでは思いませんが、B破滅シナリオを想定する場合には十分な流動性を用意しておくべきという観点は非常に重要であると考えます。
私はたまたま、リーマン・ショック発生時の1年位前から金融資産のかなり多くの部分を預金にしていたので、リーマン・ショックのダメージをある程度回避でき、リーマン・ショック後のバーゲンセールで買う側に回ることが出来ました。
物価連動国債は、日本国債への懸念が顕在化する状況を想定した投資で日本国債を買うという気持ち悪さを克服できるかどうか、また、本書においてデフォルトの可能性は無視して良いという見解のようですが、その可能性をどう解釈するかは読者の価値観によりましょう。国債のデフォルト懸念がない段階での金利上場局面では有効かもしれません。
モーニングスターの朝倉社長も同様の投資アイデアを提供されております。
参考:マネーのネタ帳(2013/3/3)「国債の暴落に備えるには個人向け国債が良い?」
http://moneyneta.blogspot.jp/2013/03/blog-post_3843.html
私は、全ての点で本書と同じ見通しを持っていないですし、破滅シナリオでの投資手法では多少違う方法も考えている部分はあります。また、多少隅をつつくようなところで気になる点等はありましたが、作家としての文章力や分かりやすさという点ではさすがと思いましたし、数々の日本国債危機に関連付けた金融商品の紹介は、思考の体操にもなりました。
「破滅シナリオ」が実現した場合、日本に居住を構える日本人であれば、必ずダメージを受けます。金融資産を守ることと同時に、金融面以外で日本社会がどう変わってしまうのか、仕事がどうなるか、生活がどうなるか、というリスクをどうヘッジしていくかが重要な問題になります。
本書は、一般人に向けた日本の危機シナリオと危機への対応への処方箋といった趣旨であるかと思います。
論旨を分かりやすくする工夫がされていますし、過大に危機を煽ったり扇動したりするのではなく、冷静かつ淡々とした文章は私好みであります。
ただ、大きな点で気になったところは、論点を分かりやすくするためにシナリオがシンプルになりすぎていて、国債暴落のインパクトが、日本固有の問題として収まりすぎている感じがしました。
もしもここで言う「最終ステージ」が現実化し、本当に日本国債に端を発した金融危機が来れば、金融資産を多少うまく立ち振る舞えばどうにかなるような問題を超える可能性も高いのではないかと思います。
インフレ率や国債金利が10%とか20%になったら大変です。
まず、国債を大量に抱えている邦銀は全滅か、それに近い状態になるでしょう。そうすると、多くの日本企業は倒産し、失業者であふれ、日本経済ひいては世界経済が想像も付かないくらいに悪化するでしょう。
シナリオの実現と、悪化の進行が急激なものか、段階的になるのか、じわじわくるのか、によっても影響は異なるでしょうが、それは、世界中に負の連鎖をもたらします。
リーマン・ブラザーズというたかが大手の一角に過ぎない1つの投資銀行が破綻しただけで世界経済は一時的に大きく落ち込みました。「100年に1度」の危機とも言われました。
経済的には小国であるギリシャの財政懸念で支援するかユーロにとどめておくかという程度の些細なことで、ユーロ全体が揺れに揺れました。
JGB(日本国債=Japanese Government Bond)危機に端を発する世界金融危機が起き、日本という世界3位の経済規模を持つ国家と日本の金融機関や日本企業がこぞって破滅的な状態になったとき、どういう世の中を迎えることになるのでしょうか。
絶妙のタイミングで大きくレバレッジを掛けたベットで大儲けが出来る投資家も、ごく一部で、プロ・個人に関わらずいるでしょうが、大多数の一般人には難しいでしょう。
大多数の一般人は、多少金融市場で儲けることが出来たとしても、仕事、社会、政治を含めた日常生活のあらゆる面で悪い方向に働き、良いことはありそうにありません。良いことを考えて思いつくのは、六本木や銀座の夜の店の女の子の質が上がりそうだということくらいです(私にとってはどうでもいいことですが)。
「破滅シナリオ」が現実化しなくても、現実味が帯びてきた段階で、金融市場は橘玲さんの想定する「破滅シナリオ」に近い状況になる可能性はあります。
ただ、それでも、自分の生活と金融資産を守るため、最低限のリスクヘッジは考えておきたいところです。
私が個人的に思うことは、将来的な危機への懸念の可能性を考慮するならば、中長期的な観点では、なるべく流動性のある資産を持っておくこと、個人のバランスシートの左側は固定しない、右側は金利を固定しておくことでしょう。
日本国家財政の問題は、日本国民としてはナイーブで難しい問題であり、ハードランディングかソフトランディングになるか分かりませんが、向こう10年以内に現実として起こることを無視するにはリスクが高い問題であるのではないかと私も思っています。
結局、本書で紹介されているような対処法については事前に知っておき、いざという時には動ける準備をしておくこと、自分なりの心の準備を持っておき、世の中の扇動に惑わされないように、というのが現段階で必要な心構えなのかもしれません。
破滅シナリオが起きてしまったらどうするかよりも、1番難しいのは、破滅シナリオが起きる兆候をどう読み、動くタイミングをどう判断するかなんですがね。
まあ、まだしばらくの間は時間がありそうですし、日本の危機の可能性に情報面で有利なのは日本人ですから、破滅シナリオが実現しないよう祈りつつも、実際に起きてしまったら、なるようになるしかないですし、自分のことは自分で何とかするぞという気概を持つしかないでしょう。。
橘玲さんの公式サイトでも本書の紹介がされています↓
「高金利・円安・インフレ」のアナザーワールドにようこそ
http://www.tachibana-akira.com/2013/03/5665
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【関連記事】
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http://money-learn.seesaa.net/article/176723522.html
・2010/12/24 史上最大のボロ儲け ジョン・ポールソンはいかにしてウォール街を出し抜いたか グレゴリー・ザッカーマン/著 山田美明/訳
http://money-learn.seesaa.net/article/174811147.html
・2010/12/23 日本破綻「その日」に備える資産防衛術 藤巻健史/著
http://money-learn.seesaa.net/article/174733210.html
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