東京電力(9501)の平成23年3月期の決算が発表されました。
決算概況については下記の記事にてまとめています。
東京電力決算まとめ(平成23年3月期)
http://money-learn.seesaa.net/article/203122821.html
今回の記事は決算を見ての私の個人的な雑感を記しておきます。
・賠償に係る引当金計上
最も注目されるところであったかと思われますが、決算に係る報道の通り東電の福島第1原子力発電所事故をめぐる損害賠償に係る引当金については計上がされていません。
原子力損害の賠償に係る偶発債務として注記がされており、「賠償額は原子力損害賠償紛争審査会が今後定める指針に基づいて算定されるなど、現時点では賠償額を合理的に見積ることができないことなどから、計上していない」と記載されています。
日本の会計基準における引当金の計上は、下記の要件を全て満たした場合には行わなければならないものとされています。
引当金の計上要件
1.将来の特定の費用または損失であること
2.発生が当期以前の事象に起因すること
3.高い発生可能性があること
4.金額が合理的に見積り可能であること
この「4」の要件を満たしていないことが、引当を計上しない根拠ということです。
最終的な支払主体の負担割合も未確定ですし、政府や東京電力からの賠償総額の試算も明らかではありませんが、賠償規模は2兆円とも10兆円とも伝えられています。
いくらになるか想像がつきませんが、最近の記事で、「試算の前提条件として、被害者への賠償金を10兆円と仮定」などとあります。(10兆円掛かった場合という前提で、10兆円掛かるものと思われる、という記事ではないですが。10兆円はメリルリンチ証券の事故処理の収束に2年掛かった場合の試算として伝えられている金額と同じです)
週刊ダイヤモンド:独自入手の極秘資料が暴く国民欺く東電賠償スキーム
http://diamond.jp/articles/-/12350?page=2
平成23年3月末の純資産は1兆6024億円なので、賠償総額を、世間で思われている少なめの見積りの2兆円として織り込んでも、債務超過になります。
ここで、違和感を感じる人も多いと思います。
「金額が測定出来なかったら計上しなくていいの?」
「少なくとも賠償額のうちどのような展開でも最低限負担するだろう金額は引当計上すべきじゃないの?」
と思われるのではないでしょうか。
3月末にブログ「ビジネス法務の部屋」さんに通りすがりのコメントをさせて頂いた通り、私個人としては、「確定的に見込まれる賠償額分をとりあえず計上」で折り合いを付けてくる可能性が高いかなとは思っていましたが、ゼロ計上となりました。
会計論としては、繰延税金資産を全額取り崩しておいて、賠償引当をゼロとするのは、将来の課税所得の発生見込みの検討にあたり賠償負担の支払を見込んでいるから今後数年において課税所得の発生が見込めないということを考慮しているはずで、整合的に釈然としないところはあるかもしれません。(*燃料費の上昇や原発処理の費用だけで繰延税金資産ゼロになるほどのインパクトではないでしょう)
「異常な天災」に該当するかどうか、東電としては政府を牽制する姿勢も見せていますから、このあたりも判断に影響しているのかもしれません。
(参考)時事ドットコム:原発賠償、免責あり得る=報酬半減は「大変厳しい」−東電社長
東京電力の清水正孝社長は4月28日、巨大災害の場合は電力会社の責任を免除する原子力損害賠償法の規定について「私どもとして、そういう理解があり得ると考えている」と述べ、東日本大震災による大津波が免責理由に該当する可能性があるとの認識を表明
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201104/2011042800761
・継続企業の前提に関する注記について
会計ルールは、会社がゴーイングコンサーン(継続企業)であるものという前提で成り立っています。
例えば減価償却のように、資産の使用に供する一定期間に渡って費用計上するのは会社が費用計上する期間にわたり継続されていることが前提となっています。ゴーイングコンサーンにより将来も企業の存続が前提とされ、キャッシュを各会計期間の損益として合理的に振り分けされるのです。
この根本となる前提が成り立っているか疑わしい、つまり、企業の事業継続が危ないという客観的な状況がある場合で、かつ経営者がこのような状況を解消し、又は改善するための対応をしてもなお継続企業の前提に関する重要な不確実性が認められる場合には、「ゴーイングコンサーンの前提が疑わしいですよ」と財務諸表に注記がされることとなっています。継続企業の前提に関する疑義があり、経営者の対応により重要な不確実性が認められない場合には、財務諸表への注記ではなくリスク情報に記載となります。
継続企業の前提に関する疑義がある状況は指針により例示列挙がありますが、「重要な不確実性」には具体的な判断基準等が示されておらず、各企業の実情に応じて総合的に判断するということになっています。
東京電力では、「枠組みの詳細については今後の検討に委ねられていることや、立法化については今後国会での審議が必要となることを踏まえると、現時点では継続企業の前提に関する重要な不確実性が認められる」ということが財務諸表の注記に記載があります。
重要な不確実性が認められるのが特定の要因のみでもないと思われるため分かりませんが、素直に読めば、政府支援の法案が国会を可決すれば、財務諸表の注記は解除され、リスク情報に記載という可能性もあります。
継続企業の前提に関する注記は、「倒産シグナル」「破たんリスクあり」と解釈されることがあります。
倒産した上場企業のうち何社に継続企業の前提に関する注記が付いていたかという統計が定期的に伝えられますが、振り返って倒産した上場企業にはそれなりの確率で「継続企業の前提に関する注記」が付されていますので、間違いでもないかと思います(逆に言えば、倒産した上場企業でも一定割合は継続企業の前提に関する注記が付いていなかったということになります)。
ただ、継続企業の前提に関する注記が付く場合、監査法人から無限定的性意見の監査意見が出されるには、経営者は監査法人に対して少なくとも決算日の翌日から1年間を対象期間として事業継続が疑わしい事象又は状況を解消し又は改善するための対応策を合理的に説明できなければいけません。対応策が合理的に説明されていないと監査法人から無限定的性意見の監査意見が受領できず、会社は上場廃止となります。
ですので、誤解を恐れず言えば、継続企業の前提に関する注記が付されていることをもって、危ない会社であることに間違いはありませんが、ただちに(絶対的に)倒産の危険があるというものでもありません。
・見通しの雑感
平成23年3月期の年間の数字を見てみますと、賠償金の支払いがなければ、東京電力は約1兆円の営業キャッシュフローを創出する能力があります。ただし、固定資産の取得による支出が6,618億円あり、一定割合は電力の安定供給のために欠かせない支出かと思われますので、年間のフリーキャッシュフローは5,000〜6,000億円程度でしょうか。
経営合理化方針によると、安定供給・公衆安全・法令遵守を確保しうる範囲における修繕費の最大限の削減、システム・研究開発の大幅縮小等による諸経費の削減、人件費の削減等、あらゆる費用を徹底的に抑制し、平成23年度において、5,000億円以上の費用を削減するとされています。
一方、大きい影響があるところでは、火力発電の比率を高めるため燃料費が「7000億円は増える」(東電幹部)とも報道されています。将来的には恐らく、社会的な反応を考慮し、価格転嫁に時間が掛かるかもしれませんが、燃料費の上昇は価格転嫁されるでしょう。
平成24年3月期の向こう1年間の資金繰りとして、電力供給に制約がありますので、供給量の減少は避けられず、価格も当面見送りとなれば、売上は減少します。営業キャッシュフローの減少インパクトは5〜10%程度として、フリーキャッシュフローは4,500〜5,000億円。
コスト削減が5,000億円するものの燃料費が7,000億円の増加要因。
経営合理化案で資産売却で6,000億円捻出とありますので、全て1年でキャッシュに出来るとも思えませんが、とりあえず6,000億円プラスで考えます。
有利子負債は、社債約5兆円に借入金約4兆円。社債の償還予定は2011年5,489億円、2012年7,479億円。1年以内に期限到来の固定負債が7,748億円(この中に銀行借入もありそうですが無視)、短期借入金だけでも別に約4,000億円ですが、借入は銀行にローリングをお願いするとします。
利息の支払いが平成23年3月期で1,281億円。社債償還分は減少するはずですが同額程度の利払いがあるとして、2兆円の借り入れは特別金利で0.5%という記事がありましたので、100億円の増加要因。
ざっくりですがまとめると、合わせて、
フリーキャッシュフロー4,500〜5,000億円+コスト削減5,000億円−燃料費増7,000億円+資産売却6,000億円−1年以内に期限到来の固定負債が7,748億円−利息1,381億円=マイナス129〜629億円。
銀行へ短期借入金を全く返さなくてもマイナスです。加えて災害損失引当金8,317億円のキャッシュアウトも発生してきます。災害損失引当金の支払タイミングは分かりませんが、賠償負担がなくても厳しいこの状況の中から、さらに、この中から賠償金を支払わなくてはなりません。3月末の2兆円の借り入れの効果で手許キャッシュは2兆2,482億円ありますが、資金繰りはかなり厳しくなります。銀行が「金返せ」となったら資金繰りが行き詰まることは想像されます。
枝野官房長官の「債権放棄」発言は、枝野官房長官は自分の発言の影響など全て分かっているはずですから、このあたりの事情が反映されていそうな感じがします。
既に実質的には債務超過である可能性が高く、賠償のスキームが決まり、賠償総額の東電負担の方向性が見えたら賠償に係る引当が平成24年3月期以降のどこかのタイミングで計上されます。現状政府案のスキームですと、債務超過になる決算日の前に政府への優先株発行により債務超過が回避される見通しのようです。民主党の上位の方々で露骨に意見の相違がありますので、どうなるのかまだ予断を許しません。「東京電力福島原子力発電所事故に係る原子力損害の賠償に関する政府の支援の枠組みについて(平成23年5月13日 原子力発電所事故経済被害対応チーム 関係閣僚会合決定)」に沿った法案が通るまでは、まだまだ倒産処理や100%減資の可能性は否定できません。
目先のファンダメンタルズは政府関係者の発言です。
決算自体、「賠償引当を織り込めば実質債務超過の可能性が高い」ことも「継続企業の前提の注記」が付いたこともサプライズはありませんが、現状はいわゆる「材料株」の様相が強く株価水準は説明可能な意味のある数字であるとは言えませんから、当面の株価の動きにも意味があるかどうかは分かりません。
総合的には「売り」(少なくとも「新規の買いはない」)と思っている市場参加者がほとんどのように見えます。
株価がある程度の水準で維持されている理由は、ボラティリティが高いためリバウンドの反発狙いの買いと、長期的には政府出資の優先株には買戻し条項が付くと想定され最終的には賠償支払い後に東電による買戻しと消却が行われれば結果的に希薄化は生じず、原発不使用によるコスト上昇等は価格転嫁され、完全には元の水準まではならないとして、また事故対応や賠償が5年掛かるか10年掛かるか分からないが収束すれば事故前に近い株価水準と配当に戻る、と考えている投資家が少しはいるためのようです。
ただ、エネルギー政策の見直しが必至であることと、発電と送電の分離案が出てきて、長期的な見通しもあまり面白いものではなくなったと個人的には思っています。
政府支援の法案が国会を通過すれば破綻処理の可能性がなくなりますので、法案が国会を通過するタイミングか、政府による資本注入のタイミングか、それより少し前の賠償総額等を市場が織り込めるタイミングが株価の底となる可能性がありますが、その時の株価水準次第でもありますし、全く分かりません。
・決算の公表について
決算発表前に観測記事はつきものですが、今回もご多分に漏れず、かなり正確に決算発表内容が事前に報道されていました。
「特損1兆円」というのも新聞各紙で報じられており、賠償に係る引当が計上されるかどうか、いくら計上されるのかという点に関して「合理的に見積もれないため計上しない」というロジックでいくのだろうということが事前に想像できてしまいました。
東電からは、決算短信発表前には何ら開示がされていません。
完全に推測ですが、東京電力は上場企業としてインサイダー情報の管理にはかなり注意をしているはずであり、今回は、東京電力の決算発表の内容の報告を受けた政府関係者から新聞各社へ伝わったのだろうと思われます。
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