‘俗説’が本当に正しいのかをデータとともに経済学的・金融論的な観点から解説しています。
少し経済理論的な話も出てきますが、興味深い例えを出しながら、難しい数式など用いずに、文章はやや固いですが平易に論説しています。
基礎的な経済理論と、現実の経済にどう当てはまるかの見方についての素養を養うのに有益な一冊ではないかと思います。
用いられるデータ等は古くなってしまいますが、経済的なモノの見方を知るという観点から出版日から2〜3年でしたら十分価値を保つのではないでしょうか。(数年経てばまた著者の次の本も出るでしょう)
大学で経済学の授業を受けた方は、例え何も覚えていなくても少し思い出すことができて、基本的な理解が深まるのではないかと思います。
大学の経済学の授業は無味乾燥かつ意味不明な数式や説明に終始していることが多いと思いますが、本書のように現実の経済に当てはめて解説が行われればもっと興味が持てるだろうにという気がします。
初版発行日 2010年2月25日
全243ページ ソフトカバー
著者の竹中正治氏は、元外為チーフディーラー、エコノミストの龍谷大学経済学部教授です(専門はアメリカ経済論、国際金融論:09年4月より)。1979年東京大学経済学部卒、同年東京銀行入行、東京三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)の為替資金部次長、調査部次長、米国ワシントン駐在員事務所長、(財)国際通貨研究所チーフエコノミストなどのご経歴です。
本書で解説されている主なトピックです。
序章
・私たちの先入観と本質的な価値についてから始まります。
地下鉄の駅の通路で世界屈指のバイオリン演奏者であるヨシュア・ベル氏にバイオリン演奏をしてもらい、どれだけの人が演奏を聴くかという実験です。劇場チケットは1席100ドルだそうです。
地下鉄の駅の通路で立ち止まって聞く人はあまりいませんでした。
私たちはサービスや財が提供される体裁にごまかされてしまうことがある、ということの例示です。
同じく生活保護を受けるシングルマザーだったJ・K・ローリング氏がハリー・ポッターの原稿を12の出版社に持ち込んだがことごとく断られ、もう後がないところでロンドンのブルームベリー社に持ち込んで出版に至ったくだりが紹介されています。
先入観、または世間の常識にとらわれずに物事を考えていくことの大切さが説かれています。
第1章
・まずは、金融と資本主義について。
金融で儲けるということがマスメディアを中心に、「マネーがマネーを生み出す」ということは「いかがわしいこと」であるというイメージが形成されています。
著者は、そのような画一的なイメージ論に対して金融が果たす役割とともに本質的な意味を解説しています。
印象に残ったくだりは、「パン屋の儲けとトレーダーの儲けの本質的な相違」についてです。
これを、パン屋の儲けは付加価値を生むが、トレーダーの儲けは付加価値を生まないという違いで説明します。
付加価値とは、「付加価値(減価償却前ベース)=最終消費財・サービスの価値 − 中間財の価値 =純所得+給与所得+賃貸所得+利子所得+配当所得」。
パン屋は儲けの過程で中間財すなわち製造設備の購入等(固定資本形成)を行い、また製造設備の製造メーカーの前工程などそれぞれの段階で付加価値が発生するが、トレーダーの儲けは買った人と売った人でゼロサムになるため付加価値を生む活動ではないということです。市場全体が増加すれば合計がプラスでプラスサムではないかという疑問には付加価値とは生産され消費することが可能な富であり、実際に財やサービスの購入がされることが付加価値であるということです。
金融機関の利息や手数料は付加価値として計算されます。
ただ、経済全体で、実体経済の活動から独立して「ファイナンスが付加価値を生む」ことはあり得ないということです。
ここで、実際にマネー資本主義といわれる米国の金融部門のGDPシェアの趨勢等を追って実体に迫ります。
第2章
・‘バブル’の形成について。
‘バブル’の形成は相場の上昇でも下落でも一方向の変化が起きた時に助長する動きが生じるポジティブ・フィードバックが働くと生じます。
アメリカでの住宅市場の‘バブル’がいかに形成され、崩壊していったか。そのプロセスや原因について、当時のデータと、著者の体験も引用しながら解説されます。
第3章
・市場機能と暴走の要因について
著者は、「市場機能とは多くの投資家の錯誤、浪費も包含した上で機能する「集合的な知性」なのかもしれないと思える節がある」と考えているようです。ここで、アリの集合的知性と市場機能を比較しながら考えています。
そして、‘バブル’という暴走を生む要因として、
@組織要因(現場の情報が経営に十分に伝わらない)
A心理的な要因(人間は得より損の心理的な痛みが大きいために損切りが下手、過去の埋没コストにこだわってしまうという2つの要因)
B競争相手との相互作用(負けたくないので相手が降りるまで止められない)
C英断と暴挙の判断の難しさ(実際に‘バブル’だったのかどうかは事後的でしか分からない)
を挙げ、分かりやすい例えとともに解説しています。
印象的だったのは、第2章・第3章にわたる投機ゲームをチキン・レースとなぞらえての例えです。
市場参加者は、ブームが起きたときに‘バブル’であると認識できたとしても、業者(プロ)は業者である限り、ブームの途中で降りるとライバルに全て利益を持っていかれるため、競争に負けないために続けなければならない。バブルは市場競争の宿命だとされています。
プロ投資家なら、途中で降りれば短期的に相対的なパフォーマンスが悪くなりクビになることもあり得ます。
サブプライム危機で儲けた投資家たちやその周囲のドキュメントと重ね合わせるとその心理要因はよく理解できます。
【本ブログでのリンク】
・(本の紹介)世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち
・(本の紹介)史上最大のボロ儲け ジョン・ポールソンはいかにしてウォール街を出し抜いたか
バブルの罠を回避するための個人で出来る実践についても処方しています。
個人の住宅購入を例に、どのように考えて行動するのが良いのかを賃貸と持ち家のどちらが有利か、住宅の価値をどう見積もるかといった点も含めて20頁にわたり解説しています。
第4章
・財政政策・金融政策と景気対策について
財政、金融政策の実効性と日本経済への影響について解説しています。マネーの供給量を増やすと経済にどう影響するか、財政支出の効果はどうなのか、政府債務について、低成長・デフレ下の現在の日本の現実の経済に当てはめて考察されます。
章末では乗数効果について別途分かりやすい解説があります。
第5章
・アメリカ経済について
アメリカ経済の現状、今後の展望について、一般の俗説やありがちな誤解についての解説も交えながら展開されます。
第6章
・バランスシートで見る国の経済
経済について語られるときにはフローでの議論が中心となり、バランスシートによる観点が抜けてしまっているために本質を見誤ることがあるということを解説しています。
印象的なのは、アメリカの対外負債の構成です。
アメリカの2008年末の対外バランスシートは、対外資産が外貨建て50%超・ドル建て50%未満であるのに対して対外負債が約95%であるという点です。ドルの下落はネットでの対外資産の増加となるため、ドルの凋落はただちにアメリカの凋落となるものではないという指摘です。
ドルが基軸通貨であることがアメリカの強みということなのでしょう。
終章
・「みなさん、そうされていますよ」という呪縛から目を覚まそう
再度、世間の常識や俗説に捉われずに、自分で考えることの大切さを説いています。
本書の目次は以下の通りです。(「続きを読む」をクリック下さい。)
目次
序 章 地下鉄の通路のバイオリン弾き P9
第1章 マネー資本主義批判という誤解、金融投資立国論という幻想 P23
第2章 なぜ人は市場に踊らされるのか? P51
1.市場に潜む魔物 P52
2.''チキン''の逆襲 P70
第3章 アリの集合的知性と人間の集合的愚性? P85
1.アリの集合的知性と市場の問題解決能力 P86
2.バブルと組織の意思決定における暴走 P90
3.バブルの罠を回避する実践 P97
第4章 ベビーシッター組合と景気対策 P119
1.禁断の秘策、マネー増発でデフレ不況を脱出する P120
2.世界中で急膨張する政府債務残高のつけは? P132
3.景気対策と両立する財政再建は可能だ P141
第5章 日本人はなぜアメリカ経済の本質を見誤るのか? P159
1.「新版花見酒の経済論」で読み解く資源バブルから世界不況への紙一重 P160
2.「アメリカの家計は過剰債務、過剰消費」は本当か? P173
第6章 バランスシートがわかれば世界がわかる P193
1.資産形成の基本、バランスシートで考える P204
2.バランスシート上のリスクの累積と P210
3.2008年の金融危機とヘッジファンドのバランスシート P210
4.アメリカの対外バランスシート(基軸通貨国の優位) P214
終 章 「みなさん、そうされていますよ」という呪縛から目を覚まそう P233
参考文献一覧 P241
また、本書の著者の竹中正治氏がヘッドで書かれている「これから10年 外国為替はこう動く」(2009年9月 国際通貨研究所)も為替の中長期的なトレンドを学ぶのにお勧めです。
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