2010年12月28日

世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち マイケル・ルイス/著 東江一紀/訳

世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち マイケル・ルイス/著 東江一紀/訳

以前、「史上最大のボロ儲け」のご紹介の際にもご紹介しましたが、金融危機の際にサブプライム・ローンの「ショート」に賭けて大成功を収めたヘッジファンドの終始を追ったノンフィクションです。
「史上最大のボロ儲け」同様、どのような証拠をもって住宅市場の下落を読んだか、資金集めの苦労や運用での顧客投資家とのやり取り、相対する投資銀行との駆け引きの様は生々しく描かれており、非常に面白いです。

世紀の空売り
世紀の空売り
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マイケル・ルイス
文藝春秋
売り上げランキング: 245


出版日:2010年9月15日(原書出版日:2010年3月15日)
全388頁、ハードカバー
原書名は「THE BIG SHORT Inside the doomsday machine」。原書はこちら⇒The Big Short: Inside the Doomsday Machine Amazonへ

著者は、1980年代後半にソロモンブラザーズが住宅ローンの小口債権化を開発した時期に同社に入社し、その数年の体験を書いた『ライアーズ・ポーカー』で有名なマイケル・ルイス。他、『マネー・ボール』『ニュー・ニュー・シング』などで知られています。

主要登場人物は、
・フロント・ポイントのスティーブ・アイズマン氏(ハーバード・ロースクールを優等生で卒業。弁護士から小さな投資銀行オッペンハイマーへ転じ株式アナリストからチルトン・インベストメントという巨大ヘッジファンドへ。その後、自身のヘッジファンド、フロント・ポイント・パートナーズを運営。)
・サイオン・キャピタルのマイケル・バーリ氏(隻眼の医師。自分で資金の運用を行っていたところバーリの書いている記事を目にしたヘッジファンド運営者のグリーンプラットから100万ドルの出資を受けサイオン・キャピタルを運営。)
・小さなヘッジファンドを運営するコーンウォール・キャピタルのジェイミー・マイ氏とチャーリー・レドリー氏
たちです。ドイツ銀行でサブプライムローン証券のCDSを売りまくり、またCDSの買いのポジションでドイツ銀行に多額の収益をもたらしたグレッグ・リップマンも各所で登場します。
いずれもサブプライムローン証券のCDSの取引を通じて利益を上げるそれぞれのいきさつが描かれています。

住宅ローン証券化とCDSの取引については本書でも詳しく分かりやすい説明がされていますが、一般には分かりずらい取引であるため、ここで簡単な説明を付しておきます。
証券化商品は、サブプライムローンを含める住宅ローンを集めて巨大なプールを作り、住宅所有者からの返済分を切り分けて、その各々にトランシェという名をつけます。例えば、1階部分はローンの債務者が返済不能に陥った際に元本の損失を最初に追うことになりますが、最も高い利率が得られます。上の階(トランシェ)になるほど元本の損失を負担するリスクは減るが、利率は低くなるといった仕組みになっています。金利が低い部分は格付け機関の格付が高く、金利が高い部分は格付け機関の格付が低くなります。多くのローン債権を含めて一つのパッケージにまとめてそれを小口に切り分けることによって、個々のトランシェのリスクとリターンは統計上の確率に近くなるはずというわけです。投資銀行は、多くのローン債権を集め小口に切り分ける(証券化)ことによって、「商品」として機関投資家等へ販売していくのです。
これらの証券化商品を直接空売り(ショート)は出来ないので、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)の購入を通じて行います。CDSの取引の概念は、債券を対象とした保険契約のことで、保険料を支払うことにより、債券の発行体が債務不履行を起こした時に保険料の受け取り手から債券の額面を受け取るというものです。例えば仮に、サブプライムローンを含む証券化商品のとあるトランシェの額面が1億ドルだとして、CDSの購入者は毎年100万ドルを払う契約を結ぶと、契約対象のトランシェが債務不履行になった場合、証券を持っていなくても1億ドルを受け取ることが出来る、あるいは債務不履行に近くなったときにCDSの価値が上昇しCDSの権利の売却で利益が出るわけです。一般的には債券の保有者がリスクヘッジのためにCDSの購入を行うものなのですが、対象債券を持たずに下落に賭けるショートのポジションが取れることになります。サブプライムローン証券化商品は様々な事情(優良な格付けが付与されていた、住宅価格が右肩上がりであった、いざという時は政府が救済に乗り出すと思われていたこと等等)により多くの関係者に安全と思われていたため、CDSの売り手に比べてCDSの買い手が少なかったため、CDSを料率の安いタイミングで購入した投資家は大きな利益を手にしました。

この逆張りは、当時の金融業界の一般的な考えとは逆のかなりの少数派で、本書を読んでいて人と違う行動の難しさがよく分かります。
CDSの保険料の支払いにより短期的には収益が落ちる可能性もあります。「史上最大のボロ儲け」の主役ジョン・ポールソン氏も含め、見事に暴落を予想したのは、いずれも当時の本流からは外れた投資家といえるのかもしれません。
どの世界でも大のつく成功者は本流から外れたところにいるものかもしれませんが。

これらを語るのによく引き合いに出されるのに、以下のような発言があります。
シティグループ元CEOチャールズ・プリンス氏
「音楽がなっている限り立ち上がって踊り続けなければなりません」
元FRB議長アラン・グリーンスパン氏
こられの成功は「統計上の幻」。「誰も気づかなかった。学界も、FRBも、規制当局も。」

また、「史上最大のボロ儲け」と本書「世紀の空売り」ですが、分量、文章のテイストや解説の分かりやすさはほぼ似ていますので、優劣はあまりないように思います。

本書の目次は以下の通りです。(下の「続きを読む」をクリックしてお進み下さい。)




【本ブログでの関連記事】
2010/12/24 史上最大のボロ儲け ジョン・ポールソンはいかにしてウォール街を出し抜いたか グレゴリー・ザッカーマン/著
http://money-learn.seesaa.net/article/174811147.html




序章 カジノを倒産させる P9
サブプライム・ローンの破綻に端を発する世界同時恐慌。それを予測していた一握りの男たちのリストを私は入手する。彼らはカジノの裏をかいたのだろうか?
第一章 そもそもの始まり P19
住宅ローンを債券にして流通させる。市場の効率化に資するはずだったその発明は悪用され始める。サブプライムを草創期から分析していたのがアイズマンだ
第二章 隻眼(せきがん)の相場師 P55
モーゲージ債に疑いの目を向けたもう一人の男、バーリは医師だった。バーリはどうしたらば、モーゲージ債を空売りできるかを考え、ある保険に目をつける
第三章 トリプルBをトリプルAに変える魔術 P103
トリプルBの債券を集めれば、あーら不思議、トリプルAになってしまうCDO。その暴落への保険CDSを買うことがサブプライムをショートする方法だった
第四章 格付け機関は張り子の虎である P135
ウォール街に就職できない人間が格付け機関に就職する。投資銀行にとって彼らの裏をかくことは朝飯前。アイズマンらはそのからくりの究明に着手することに
第五章 ブラック=ショールズ方程式の盲点 P163
ノーベル経済学賞を受賞したそのモデルはしかし、オプションの期間が長くなればなるほど、結論の不合理性が増す。それに気がついた第三のグループが登場
第六章 遭遇のラスヴェガス P207
サブプライム業界の人間が全員集合したラスヴェガスで、アイズマンも初めて買い方の人間と相まみえる。信じられない虚飾の宴の只中で、正気なのはどちらか
第七章 偉大なる宝探し P239
潮目が変わり始める。これまでCDSを気前よく売ってくれた投資銀行の態度が微妙に変わる。が、そこにいたっても格付け機関もSECも現実を見ようとしない
第八章 長い静寂 P265
ローンの債務不履行件数が記録的に増大したにもかかわらず、CDSは最安値を更新、バーリは投資家たちに責められる。が、やがてその「静寂」を破る鐘の音が
第九章 沈没する投資銀行 P295
モルガン・スタンレーのエリート部隊と目されていたハーウィーの部は、特注のCDSをつくって売りまくっていた。が、潮目が変わった今、それは死の財産だ
第十章 ノアの方舟から洪水を観る P331
預言者たちは、ついにその大洪水を観る。栄華をほこったウォール街が沈没していく。が、預言者の敬われざるはその故郷のみ。バーリは、静かに退場していく
終章 すべては相関する
そして私は、かつての上司、あの栄光のソロモンを率いたグッドフレンドに会う。全てはあの決断、責任を外に求めることになるあの決断から始まっているのでは
謝辞 P383
訳者あとがき 『ライアーズ・ポーカー』からの道程 P385

世紀の空売り
世紀の空売り
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