中小証券会社で自己勘定売買をしているディーラー(トレーダー)による、証券会社ディーラーの内幕を綴った本で、文庫本でさらっと読めて、生々しい内容が多く面白かった。
ここでのディーラーとは、要は、証券会社のお金を好きなようにほぼデイトレのように売買し、成功報酬で仕事をする人たち(プロップトレーダーなどとも呼ばれる)。当然、成果を出せなければ続けられない。実際、証券会社ディーラーとデイトレーダーの行き来もあるようだ。
証券会社ディーラーになろうと思っている人が職に就く前に読むのが一番役に立つだろう。
僕のようにデイトレとは無縁の長期投資家には関係ないし、自分の投資行動に役に立つわけでもないし投資アイデアに結びつくような内容はないが、日々のマーケットはどういうプレーヤーがどういうことを考えて投資行動をしているかというのは参考になるし、マーケット好きとしては楽しめた。
初版発行日 2016年3月7日
全190ページ・文庫本
著者の高野譲さんは、個人投資家を経て、茅場町にある中小証券会社の自己売買部に属する証券ディーラー。キャリアは8年で、既に同時期に入った7人は全員クビ、前後3年に入社した者でも生き残っているのは2人だけだそうだ。
○給与体系・待遇
給与体系は独特な成果主義。基本給+歩合給であるが、トップディーラーの年収は4億円にもなるそうだ。外資系投資銀行のプロップトレーダーのような報酬が、日本の中小証券会社でもあり得るようだ。
ただ、皆が皆、稼げるわけではないし、多くは成績を残せず消えていく。著者の高野さんは年棒が400万から3000万という振れ幅。首はつながるが、表彰されるほどでもない成績のようだ。
雇用形態としては、下記のような形態がある(p83-)。
・正社員ディーラー 基本給20万〜40万 歩合給25%〜35%
・契約社員ディーラー 基本給15万〜60万 歩合給30%〜40%
・コミッションディーラー 基本給なし 歩合給40%〜60%
契約社員ディーラーは、正社員ディーラーより歩合が5%高いが、成績がダメなら3ヶ月でクビ。
正社員ディーラーは、クビにはらならないがダメなら部署異動になる。そうすると、ほとんどの人は辞めるそうだ。
コミッションディーラーは完全歩合のフルコミッション。腕に自信があれば1番稼げる形態。
著者は、「税金について詳しくないが」と書いているが、正社員ディーラー、契約社員ディーラーは従業員で給与所得、コミッションディーラーは個人事業主で事業所得になるということで間違いないだろう。
*事業所得になると事業に関連する支出を経費にして確定申告することになる。
個人投資家よりもディーラーが優れている環境は「資金力」「損の負担なし」「世間体」であると著者は分析している(p186)。子どもの教育、ローン審査、賃貸契約など信用力のある場面で「世間体」は大事で、ディーラーを続ける理由で最も多い要素かもしれないそうだ。僕は、「損の負担なし」で勝負できるのが良いんじゃないかと思ったけれど、確かに生活を考えると、そうかもしれない。
○取引規制
個人投資家よりも面倒な取引規制もあるようだ。これは証券会社が金融商品取引法の相場操縦等で刺されないための独自ルールが定められている。会社によってルールは異なるらしい。
例として、下記が挙げられている(p72-74)。
・買いと決済の注文を同時に出せない(買い注文が残っているのに、約定した分が株価が上がったからと言って売れない。売るには未約定の買い注文を取り消してからでないといけない)
・新高値の売買禁止(ディーラーは、その日の新高値を付ける買いが出来ない。相場操縦目的の株価の吊り上げ防止策らしい)
○アローヘッドとアルゴリズムトレーディング、呼び値の適正化
アローヘッドについてのくだりは興味深かった。
今や、東証の売買は出来高の6割がアルゴリズムによる取引で、要は機械による売買で出来ている。それに契機になったのが東証が2010年に導入した売買システムの「アローヘッド」で、約定処理がこれまで約3〜4秒かかっていた約定が、0..04ミリ秒以下になり、人間の目には追えなくなった。
僕は、日経新聞なんかで、「アローヘッドで証券ディーラーが消える」みたいな記事を読んでもピンと来なかったが、実際にその影響は大きいようだ。
例えば、日経平均が○%上がったらA銘柄が○%上がる、というような連動のプログラムが組まれていると、出した注文を一瞬でアルゴリズムが持っていき、板には何も残らず株価も動かない。「影を潜めた見えない存在に恐怖を覚える」(p113)そうだ。
そのため、流動性が低くアルゴリズムが入ってこない新興市場でトレードするディーラーが増えるらしい。東証1部の銘柄では、「銘柄間の価格差が固定されて、遊び(ボラティリティ)がなくなってしまった」(p114)ということが起きたらしい。
呼び値を細分化していったことも影響が大きく、今まで値幅が10円単位のものが1円単位になると、1つの株価での板が薄くなり、抜きずらくなったそうだ。要は、3000円の株価で10円単位なら、3万株買って3000円の次の株価である3010円で売れば30万の利益になるが、値幅が細かくなり1度に上げられる利益が少なくなるといった具合だ。
他に面白かったのが、取引ツールをゴールドマン・サックスから営業されたという逸話がある。著者は、「そんな有効なツールを提供するなんてウラがあるもではないか」と疑ったそうだ。結局、導入にはならなかったそうだ。
・アイスバーグ →1つの注文を分割して行うアルゴリズム(10枚の発注をするところ、アイスバーグで指定すると10回に分けて1枚ずつ自動で発注される)
・ステルス →隠れて発注(「ステルス買い」)するアルゴリズム(発注は待機状態になり、誰かの売りが出たときに瞬時に買いに行く。要は、気配が板に出ない)
デイトレは僕のような一般投資家には遠い世界ではあるけれど、日々の流動性はこうやって提供されているのか、ということと、その裏にある人間ドラマを知ることは面白い。
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